生命保険と損害保険を取扱う長野県松本市の保険代理店  
保険代理店ミワエンタープライズ 長野県松本市城山21-16
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スタッフ紹介 三輪正彦
三輪 正彦
三輪 芳彦
 
ミワエンタープライズ 代表 三輪正彦 決めました!一生この仕事で!
 
ど田舎で暮らすということ
 
今、この文章をおしゃれなカフェで書いている私ですが(笑)、ど田舎者です。出身は筑北村(現坂井村)です。
私は長男ですので実家を継がなくてはならないのですが、この仕事で一生頑張る事、3人の子供達の事を考えると やはり、ほどよ〜い田舎の松本市がいいんではないかと思い、親には悪いのですが、自宅を中古ですが・・構えました。

皆さん、ど田舎暮らしがうらやましいなどと言いますが、実際住んでみたらいい事ばかりではありません。
田舎の朝はとても早く、5:00くらいからそれぞれの家庭から、耕運機がダダダダッと発進しはじめます。そして、草刈機のビーンという甲高い音。皆、犬は外飼いなので近所中、たくましい犬の鳴き声ですごいです。
空気がいい!と言いますが、窓を開けるとキツイ堆肥の臭いが・・(笑)。
・・・とても遅くまで寝ていられません。
このコンボを体験する度に、嗚呼坂井村に帰ってきたんだな〜と思います(笑)。

・・・でもいい所です・・苦しい(笑)。
住んでいる友人も本当にいい奴ばかりなんで、本当にいい所なんですが。
そんな田舎ですが、20代前半の頃は、いつかは実家に帰るんだろうな・・と漠然と考えておりました。
 
起死回生の場外馬券場
 
コンビニまで往復8KM、自販機まで歩いて20分・・。もちろん吉野家やマックなんてありません。
人口は減り続け、(今、筑北中学校は全校70人くらい、それでも僕らの頃は300人以上いました)お年寄りばかりのこの村は、未来はどうなってしまうんでしょうか・・

今から15年前くらいに、その筑北村に、『JRA中央競馬の場外馬券場招致計画』がある事を新聞で知りました。 長野県には競馬のできる環境はありません。山梨の石和までわざわざ買いに行くか、ごく一部の人が電話で投票するしかなかったのです。 空前の競馬ブームというのもありました。
・・・・それに中央競馬というのが凄い。(地方と中央では雲泥の差がある)
 
・・いやそんな事よりも、これは千載一遇・起死回生のチャンスだ!

当時、石和競馬場で年間200万人の入場者がありました。長野県の人口は山梨よりも多いので、もしかしたら、もっと多くなったのかもしれません。 この人達の落とすお金の経済効果は、それはそれは莫大なものです。
飲食店・ガソリンスタンド・コンビニ・銀行・スーパー・・・などが建つでしょう。
そこで雇用が生まれ、税金が安くなり、便利になるので人口も増加する!!

僕は興奮しました。ついにこの村も生まれ変わるのだと!

・・・しかし村民の態度は、冷めたものでした・・。
こんな凄い事が起こるかもしれないのに、賛成を唱える人が全く出てこないのです。
焦りました・・。このまま立ち消えになってしまうのではないかと・・。
僕は村長宛てに、是非招致を!と原稿用紙20枚くらい書き綴って送ったのです。まさに叫びのような文章でした。 そうすると、その文章をきれいに作成したチラシが全村民に配られました。こんなことを考えている人がいるのだと。
すると賛同する人が出てきました。感動したと言ってくれた人もいました。
ですが、まだ圧倒的に負に対する意見ばかりでした。
『村のイメージが』 『治安が悪くなる』 『子供達が不良になる』(笑)
お前の息子は頭がおかしいのか!と実家にも電話がかかってくるようになりました・・。

・・・・そして、村をあげて大反対運動が起こり、ついに立ち消えとなりました・・・・(泣)
子供が不良になるにもその子供がいなくなる、治安が悪くなるにもそこに住む人がいなくなるのに
場外馬券場がそんな悪いものなら、ほぼ全ての県にあるのは何故なんでしょう?
未来の事を考えている人はいないのか?
・・・・それでも、大多数の人が廃止を望んでいるのですから仕方ありません・・。
この一件で僕は大きく、本当に大きく失望しましたし、人生の考え方も大きく変わった気がします。
・・・でも好きですよ筑北村・・苦しい(笑)。
夏は蛍が飛んで、いつも涼しい風が吹き、水道もすごく冷たくて美味く、それで冷やした冷麦は美味い・・最高です・・。
 
松本市と友人
 

僕は松本市が大好きです。本当に大好きです。外に住んでいたので、余計いいところが分かります。
小さいころ、お袋と篠ノ井線各駅停車で松本市に来ることは、僕ら兄弟にとって一大イベントでした。それも、前の日に突然言い渡されます。『明日松本いくよ』 『・・・やったーーーー!!』僕らは飛び上がって喜びます(笑)。 明日は『宇宙堂』でプラモを買おう。『はやしべ』の屋上でゲームをやって・・展望レストランでお子様ランチ、
クリームソーダ・・・。 今思えばこんなに小さな田舎町ですが、小さな頃の僕らにとっては、夢の町でした。

今、どんなに楽しい事、どんな物を手に入れてもこの頃の楽しさにはかなわないでしょう・・。

北アルプスがとてもきれいで、大好きな松本城が見えて、そこそこ物が揃えばいいんです。本当にいい町だと思います。 そして筑北村で住むよりも、この町に住み、家を買い、一生住みたいと思えるようになりました。

さて、一生ここで暮らすには、一生涯の仕事をみつけなくてはなりません。
そのとき、セゾン生命保険(現在エジソン生命)の営業員さんと、知り合いました。ここで働いてみたい。そうすれば異動も無いし、ここで根がはれる。 楽観的でした。なんとかなるだろうと考えていました。しかし、この世界は甘くありません。 入社したものの1件も契約が取れません・・。いきなり数字が0ゼロでは・・・困ったなー・・・。

どうしようもなく困った僕は、親友のミツオに電話してみました・・。(何て言うかな・・・嫌がられるだろうな・・)
『保険はじめた?ああいいよ。お前から入るわ。』・・・即答でした。
この仕事を続けられるかまだ分からないのにな・・。
友人というだけで加入してくれるなんてな・・。
平静な顔をしていましたが、僕は本当に感動しました。

ミツオは僕の第1号契約となりました。
本当に困った時に助けてくれるのが親友です。
僕はあいつが困った時には絶対に助けようと誓いました。ですから、あいつが困った時には何があってもかけつけます。
今、ミツオは千曲市でカレーハウスココ一番館を経営しています。バツイチで独身です。彼女募集中です。本当にいい奴です。

こいつ親友かな?と思ったときに、『保険を始めたんだけど、本当に困ってるんだ。頼むから保険に入ってくれ』と嘘を言ってみてください(笑)。 その反応、態度、言動であなたの親友かわかりますよ(笑)。
・・・私はそれから友人などに募集することは怖くて一切してません(笑)。

 
給料が10万円・・・
 
ですが、僕の給料は2年目に手取り10万円しかなくなりました。既に結婚もしていましたし、7万3千円の家賃(笑)・生活費・・そして妊娠・・。 10万円では生活できない為、当時まだそんなに出回っていなかった、携帯電話(不人気・型落ち機種)を格安で仕入れ、1万円で売り歩いていました(笑)。

・・・・・でもこのままでは、保険を一生の仕事にすることはできません。手元にあった在庫を投売りし、本職一本にすることにしました。 その投売りの中に、NECの折りたたみ携帯第一号機がありました。
今では折りたたみは当たり前ですが、当時は全く人気が無く、 NECのみが細々と生産していたものです(2号機は大ヒット)。その携帯をえらく気に入ってくれた人がいました。 『いい携帯有難う!安かったしすごく気に入っているよ。』この方は先見性がありますねー(笑)。

しかし、この人が僕の人生を大きく変えます。


行動件数を3倍にしました。朝から夜遅く、土日無しで働きました。少しずつ給料が上がってきましたが、まだまだです。 ・・・半年後の事。もう疲れたし、営業所に帰ろうと思ったのですが、そこであと一件!と踏ん張って、あるお店に立ち寄りました。 すると、そこでその方とばったり出会いました。2人でコーヒーを飲んでいました。
『三輪さん!この方紹介してあげるよ。』 聞くと大地主で、相続対策に困っている方でした。・・・・僕の給料は3倍くらいになりました。 それから不思議と自信が出て、余裕もある為、取れなかった契約も取れるようになり、収入も増えていきました。

それから日新火災とアリコの代理店として独立。家を購入し、松本市で一生涯の仕事をするという目標が達成できました。 あの時、もしあの店に立寄らずに帰っていたら・・・努力は実る事を実感した瞬間です。
 
好きな本
 
今大人気の坂本竜馬ですが、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を書くまでは、坂本竜馬は日本ではいわゆるマイナーな人でした・・。 どうしてこんなに人気があるのでしょうか?

竜馬がいなかったら、間違いなく日本はフランスやイギリスの植民地になっていたでしょう。今の繁栄した日本はありません。 それは当時犬猿の仲だった『薩摩と長州を同盟させた』こと、そして幕府に白旗をあげさせ、
国内戦争を回避したことなのです。 国内で幕府・薩摩・長州の大戦争がもしあったなら、間違いなく外国勢につけこまれ、植民地になっていたでしょう。 要はそんなでかい事を、名も無い、身分も低い武士がやりとげてしまった事にあるのです。 彼はそんな身分・階級を超えた、何か人を惹きつける強烈なパワーを持っていたんでしょう。

『竜馬がゆく』が大ヒットした後、色々なものが出ています。マンガになったり何度もドラマになりました。 しかし、全部 『うすっぺらい!!』 の一言につきます。まあ、『竜馬がゆく』も相当着色されているようですが、 竜馬の発する言葉、行動は当時21歳の僕の心を熱くさせました。 福山雅治扮する竜馬が、どう叫んでも全く心に響かないのは何故なんでしょう(笑)?いや彼が悪いのではないんです。あの役は誰にもできないんですから。
・・・・福山雅治?僕は好きですよ。『桜坂』のCD買いましたし・・(笑)。
 
好きな映画
 
ショーシャンクの空に』です。見ていない人は、学校会社休んでもすぐ見てください(笑)。そのくらいの価値はあります。 この映画と同時期に『セブン』(これも面白いが)を撮影していたブラッドピットが、『ショーシャンク』の台本を見て、何の役でもいい!チョイ役でもいいから出してくれ! と言ったが、『セブン』が忙しすぎて出演できなかった・・というくらいストーリーがよくできています。 ・・・・・・でもモーガンフリーマンは両方出てんじゃねーかよ!というつっこみはやめてください(笑)。
バックトゥザフューチャーも100回くらい見てると思いますが、
part3でドクの『未来はまだ白紙ということだ。未来は自分で切り開くもんだよ』 という言葉は、いいですね。今書いていてもジーンとくる・・。
 
好きなお店
 
中学生のとき、友人と井上百貨店の横にあった『テンホウ』にはじめて入りました。
そこでテンホウ名物『タンタン麺』と出会います。僕は『神が作った食い物か!』(笑) とひっくりかえりそうになりました。 美味い!そして安い!380円くらいだった・・。

当時時給500円の時代、マクドナルドでまだセットメニューが無く、 コーラとポテト、ハンバーガーを頼むと800円くらいになったので、(今の価格で言ったら1,200円くらいしていたということですね。めったに入れませんでした(笑)) コストパフォーマンスは凄いものです。僕はすっかりファンになり、当時ゲームセンターUFOに行って、テンホウで昼飯はパーフェクトな1日でした(笑)。 それからこんなおっさんになっても、いまだに『タンタン麺』を頼み、その度裏切られないのは何故でしょうか(笑)?

ある日、上品そうなおばさんが、『こんなもの坦々麺じゃないわ!!』とお店の人にキレて帰っていきました。確かに中華料理屋の坦々麺とは違いますが・・。 僕は心の中で『値段を見てみろ!480円で坦々麺が食えるか!!値段とのバランスを考えろ!!そして、これはこれで完成しているだろ!!』と思いました。 だから坦々麺じゃなくて、タンタン麺と書いてあるだろう(笑)!坦々風ラーメンだからタンタン麺なんでしょう・・・か(笑)?
お店の方、見ていましたら、自信もってくださいね。皆声にこそ出しませんが、本当に美味いですよ。

夏は『バンバンチーメン』という、これも神の作った食い物が降臨します。冷たい麺に鳥のササミがまぶしてある、
冷やし麺なのですが、頼むときは『麺をダブル』 にしてください。大盛りだと後悔することになります(笑)。
休みの日に、これと生中を頼むと、パーフェクトな1日になります(笑)。
いくつも美味いラーメン屋ができますが、結局テンホウに戻ってきてしまうんだよなー。
僕の体の何%かは、テンホウでできているといっても過言ではないでしょう(笑)。
 
尊敬する人物
 

孫正義』です。僕がこの仕事を一生懸命やろうと決めたとき(26歳)、孫正義の本と出会います。 彼を、携帯電話屋の社長ぐらいにしか思わないとしたら大間違いです。とんでもない偉人ということがわかります。

・世界初電子翻訳機を作り、シャープに技術を売る
 (後に出るシャープのポータブル翻訳機。後の電子手帳になっていく)
・パソコン雑誌、『Oh!PC』を創刊。その後のOh!シリーズもヒット。(懐かしい人も多いのでは?)
・固定電話で、安い電話会社を自動的に選んでかけるという装置を開発した。
 (ほとんどの電話についてました、LCRとか)
・検索エンジンにいち早く目をつけ、yahoo japanを作る。
 (日本ではgoogleよりもyahooの方が強いのはこの為です)
・電子株取引、Eトレードをいち早く日本で展開。(今は当たり前ですが)
・ベンチャー株の取引市場、ナスダックを立ち上げる。
 (現在は撤退してしまいましたが・・日本人のベンチャーに対する偏見は・・・)
・ADSLで3,900円という破格の価格で、当時のインターネット接続料金を半額にした。
 (NTT独占だったら、今、日本はインターネット後進国になっていたでしょう)
・ダイエーホークスを買収、ソフトバンクホークスを立ち上げる。(子供の頃、王選手の大ファンだったようです)

など、思い出すだけでもこれだけあります。(まだまだ沢山あります) 日本でインターネット、通信業界がここまで発展できたのは、彼のおかげなんです。本当に熱い熱い男なんです。 坂本竜馬を愛してやまないらしいですが(竜馬がゆくを常に持ち歩いている)。いや、もう通信業界の坂本竜馬と言ってもいいんではないでしょうか(笑)。 僕が 『この道で、一生生きていこう!倒れる時はその道で前向きに倒れよう!』 と決意したのは、この本との出会いも大きかったと思います。

 
 
 
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